勝谷誠彦『偽装国家―日本を覆う利権談合共産主義』扶桑社新書

$ゆっきーのエッセイブログ

よくまあこんなに偽装が・・・
我が国日本とは一体!

と嘆くよりもなんというか、笑えてきてしまう軽妙な筆者の文章を引用してみましょう。

 「高校で「単位偽装」して大学に入り、買った車は三菱で「リコール偽装」。ケーキを買えば不二家の「期限切れ偽装」で腹を壊し、風呂に入りゃパロマの湯沸かし器の「修理偽装」で死にかける。テレビを付ければ、偽装で胸を作った姉妹がしゃべっていて、投票にいけば「経歴偽装」の代議士に引っかかる。
 もちろん住んでいるマンションは耐震偽装で、走っている高速の橋脚も、乗った新幹線のトンネルも全部「強度偽装」。街に出れば、米国産の牛丼は「安全偽装」で本番なしはテンで建前の「風俗偽装」が溢れている。
 北朝鮮がミサイルぶっぱなしゃ、守ってくれる軍隊は、自衛隊という名の「偽装軍隊」。」

                『偽装国家―日本を覆う利権談合共産主義』はじめに

(ーー;)
オナカイッパイ

 文体が面白かったので何回読んでみたのですが、その時ふっと気が付きました。

 皆様はどこかこの例の中でひとつだけあれ?というところに一読して気がついたかもしれません。

そうです!

テレビを付ければ、偽装で胸を作った姉妹がしゃべっていて

おそらく叶姉妹を指していると思われるここだけ異質!ですよね。

 その他が、そりゃまずいよなあ、というところばかりですが、この胸の偽装はなんというか、社会的に非難されるべきものではない気がしました。

 そしてよく見ると勝谷さんの軽妙な中に本質をえぐる文章もココだけ「○○偽装」とカッコを付けて断定的にズバット命名していません。

 そして思い当たりました。勝谷さんが「カッコ」をつけているのは、すべて何らかの公的なお墨付きがあるものばかりで、その公的なお墨付きがあるにもかかわらず、それが贋物であるという点で、叶姉妹のそれとは違った印象を持つのだと思い至りました(多分あってますよね。間違ってたら例によって教えてね!)。

 この推量が当たっているかなと思う理由なのですが、著者はこの引用した文章の締めくくりににズバットこう言います。

本音建前の間には、裁量が生まれます。そしてそこに利権が生じる」

 叶姉妹には利権がない!

 とするならば、本書は贋物をたくさん集めて笑おうという本ではなくて、筆者のジャーナリストとしての鋭い眼力で、笑える事象の背後に日本社会の独特な「利権」を生む構造を見て取っていると思うのであります。

 だとするならば!(いきなりの番宣です(笑))

「戦前ヨーロッパ列強に伍して行くときの兵糧となり、経済的焦土と化した戦後日本の焼け野原に注ぐ水となり、朝鮮特需においては再び実弾となった。高度経済成長期には田中角栄の築いた利権システムを完成させるために、土建屋が好んで使う特殊なコンクリートの接着剤のように、密かにしっかりと土台の基礎工事にそれは使用された。そして今も彼らはこのバブル経済絶頂期に金融ビッグバンという次の大舞台を迎えるにあって、奔流のように暴走を始めた新しい世紀末の妖怪である国際マネーのハンドリングを、見えないディーリングルームで密かに行なおうとしているんだ。」

音の風景「光と闇」の富良野くんのセリフ

と、モロに関係するじゃありませんか。

ということで、その視点で読解してみようかな(^^)

広告を非表示にする