野口悠紀雄『1940年体制 ―さらば戦時経済』東洋経済新報社

$ゆっきーのエッセイブログ

我らが出生の秘密

「しかし、もし、われわれの出生が別の時であり、われわれの親が、別人であるとすれば、どうであろう」

 名著『1940年体制』第1章には、こんな文学的な一節があります。不気味で根源的な問い掛けです。文はこう続きます。

「われわれは、「戦時期は忌まわしい<暗い谷間の時代>であり、民族の記憶から一掃すべきものである」と教えられてきた。満州事変の直前まで日本は近代化への道を歩んできたが、それ以降の軍部ファシズムの台頭によって、日本の歴史は正常なコースから逸脱したと」

 満州事変は1931年。前回までのブログで書きましたがそれは、東京オリンピック、万博、テレビ放送、弾丸列車を準備して、人々は百貨店で消費を楽しみ、映画で娯楽を満喫していた時代でした。

「しかし、もし、その時期が現在の日本にとって本質的な意味があるものだとすれば、どうであろう?もし、戦時期の制度こそが、我々の本当の親であるとすれば」

 私たちは、終戦時に軍事国家から平和国家への大変身を果たし、民主的な新憲法の制定や戦争協力者の公職追放、帝国主義の根源である財閥の解体、農奴解放である農地改革、プロレタリアートの権利確立である労働立法などの諸改革を次々と推し進め、大きなナタのような鈍器で忌まわしい戦前の全てを断ち切った。私たちの、困難に満ちてはいながらも希望を抱くことが許された未来はこの戦後改革から生まれた。その意味で我々の親は1945年である・・・?

 筆者はこのテーゼに否を突きつけます。

「以下、本書で明らかにするように、「日本経済システム」の出生には、隠された秘密がある。本書は、われわれの本当の親が、1940年ころに導入された「戦時経済体制」であるという仮設を提示する」

                    野口悠紀雄『1940年体制(増補版) ―さらば戦時経済』p2-3

 オペラの前奏曲のような書き出しで始まる本書は、冒頭に続てい下記の5つについてそのことを論証すると高らかに宣言します。

1940年体制の構成要素として、著者が論じるのは以下ですが、これ全部追いかけるのは浅学のあたちにはとーてーーー無理なので、自分の比較的関心の深い分野に絞ってそこを切り口にしようと思います。

それが大きい文字のところです。

・日本型企業
間接金融
・官僚体制
・財政制度
・土地改革

ではまた!

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