【文学逍遥】猪瀬直樹『ペルソナ三島由紀夫伝』文藝春秋

$ゆっきーのエッセイブログ

三島由紀夫の戦後

 1940年体制官僚支配、大蔵省による銀行統制を軸に考察するこのブログのシリーズで、避けて通れない人物が一人いる。

嘘です(ーー)

このあたりの交差点であたしの方から交通事故に遭いたい人物です。

 日米安保闘争をめぐって、三島由紀夫VS東大全共闘という時代を鋭角的に切るはずだったが、逆説的にもその慣れ合い的な討論がかえって日本の戦後を象徴することとなったイベントがある。

 いうまでもなく安保闘争の主役は、戦前からこのシリーズでウォッチしている岸信介その人である。

 ここまで、前置きをすれば日本経済史の中にゆっきーの最大のアイドル三島由紀夫を登場させてもいいでしょう(爆)。

 三島ほど1940年体制から近くて遠くにいた人物はいないと思います。その近くて遠い不思議な距離に光をあてると、三島が生涯問題にし、ついには自決という道をとらざるを得なかった戦後日本の空虚のありかももしかすると見えてくるかもしれない。

 1945年が日本経済の母ではなかったように、三島文学とは、本当は戦後文学などではないのではないだろうか。

 戦前という過ぎ去った過去の、そして戦前であってさえも三島の理念の中だけに存在したであろう虚構の世界を、戦後世界の空間に空中伽藍のように建造し直し、最後の最後に、あたかも最初からそれも計画済みであったかのように自らの手でそれを倒壊させた。

 それこそが三島の文学活動だったように思える。

 だとすれば、三島由紀夫の戦前をただ戦後の三島文学を準備するものとしておさらいするのではなく、仮面の後ろの平岡公威の時代から(平岡公威その人からではなくあくまでその関係の歴史的総体から)逆照射してみるのも、野暮はここ極まれり!であるにせよ、この不世出の天才の文学に違った角度から光を当てることにならないだろうか。

 だから、これは三島由紀夫の伝記ではなくて、三島由紀夫を取り巻く人々から浮き彫りにしたこの本のようなアプローチが手助けとなる。

猪瀬直樹『ペルソナ三島由紀夫伝』の第一章は三島の『仮面の告白』の引用から始まります。官僚一族の没落の始まり。

「震災の翌々年に私は生まれた。
 その十年前、祖父が植民地の長官時代に起こった疑獄事件で、部下の罪を引き受けて職を退いてから(私は美辞麗句を弄しているのではない。祖父が持っていたような、人間に対する愚かな信頼の完璧さは、私の半生でも他に比べられるものを見なかった。)私の家はほとんど鼻歌まじりと言いたいほどの気楽な速度で、傾斜の上を滑りだした。莫大な借財、差押、家屋敷の売却、それから急迫が加わるにつれ暗い衝動のように燃え盛る病的な虚栄」


そして第1章の名前は官僚支配の対抗軸の象徴、政党政治のドン原敬暗殺の謎」

ちょうど、一休みするのにいいので(あたしにとってね・・・笑)ちょっとこの本を逍遥してみましょう。

 

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