岩井克人『会社はこれからどうなるのか』平凡社ライブラリー
会社のモノとヒトとの二重性をいったんバラバラにしてみる
其の一 会社をモノにしてしまう編
それではまいりましょう(^^)/
「これからわたしは、会社という制度のなかに、会社という法人を純粋にモノにする仕組みと、会社という法人を純粋にヒトにする仕組みが、ともに仕込まれていることを示していくつもりです」
本書P151
- 会社を純粋にモノにする方法
会社を純粋に モノ にしてしまう方法は、誰でも知っています。だれかが単独で、あるいは何人かの個人がグループで、会社の株式を50%以上買い占めてしまうことです。(中略)会社の株式を50%以上所有した株主を「支配株主」といいます。(中略)支配株主は、取締役会を完全に牛耳ることができ、自分自身が代表役員になるか、自分の意向に沿った人物を代表役員にすることができます。それによって会社の経営を完全にコントロールできるようになり、会社資産をあたかも自分自身の資産であるかのように、完全に処分することが可能になるのです。(中略)支配株主はラーメン屋の店主や八百屋の夫婦のような個人企業や共同企業の所有者と、実質的に同じ立場に立つことができるわけです
本書P152
会社はもともと個人、自然人から出発した個人商店が源流です。
しかし、初期の個人商店はやがて今日知られているような、零細な資金しか持っていない一般大衆から大量の資本をかき集めた巨大株式会社となっていきます。
そして出てくるのが「所有と経営の分離」です。高度に専門的な経営技術を持ったプロが代表者として株主の利益を最大化して行くわけです。
しかし面白いことに、先の引用にある支配株主によって変質した株式会社は、支配の形態からみるとまたもとの個人商店と実質上同じです。
このあたりの事情を再び引用してみます。
「1970年代の末には、アメリカの金融機関を除いた最大200社のうち、80%以上の会社が専門的な経営者のコントロール下にあったと報告されています。(中略)そして、このような傾向のなかで、株主自身が経営をコントロールしている法人名目説(法人は単に名前があるだけで実質的に自然人と同じであるとする説=ex.ラーメン屋さんとか←ゆっきー)的な株式会社は、もはや中小企業にしか見られない過去の遺物と思われるようになったのです」本書P154
先日書きましたような、株式会社が社会的地位が高くなんとなくイメージもいいというのは、この「所有と経営の分離」の中で形成されてきたわけです。
多分高度経済成長期とかのご家庭では、お父さんは大企業のサラリーマンだというのがステイタスが高かったのではないでしょうか(まだ一般的にそうかな・・・)。
ところが、現代では安定した大企業のサラリーマン、大企業の経営者というステイタスとは別のステイタスを持った経済人も脚光を浴びるようになってきました。
潤沢な資金によって会社を所有し、ピチューがピカチューに進化したようにもはやラーメン屋ではなくなったラーメン屋さんが、大会社を脅かすようなすごい力を持っています。
岩井克人さんが例に上げているのは・・・
「会社乗っ取り屋」です。
さて、まとめるとこういう流れになるかと思います。
個人商店(支配の集中)→株式会社(支配の拡散)→株式会社における支配株主(支配の再集中)
この流れと、責任から見たモノとヒトのトピックスがどう関係するのかを次回みてみます。
M&Aとかの超近代的な資本主義のテクニックは実は!ラーメン屋さんの時代への回帰でもあるわけで、そこがとても面白いなと感じました。
つづく
(あ、それと気がついてもらえないと悲しいので書いちゃお!スタイルシートというのを使って書籍の引用部分を段組みで囲んでみました!最近密かにウェブデザインのサイトを覗きまわってるゆっきーでした。結構面白いです(^^; )