ヴェニスの商人の法人論8

「乾杯」

 シャイロック2.0はこの上なく上機嫌で杯をあげた。

「それでは、君たちに資金調達の極意を教えよう。我が祖先、シェイクスピアヴェニスの商人のモデルにもなった本家本元シャイロックが一子相伝で伝えてきたものだ。私はくどいようだが仲間にしかそれを教えない。といっても怪しい仲間を想像してもらっては困るのだ。私の仲間にはホワイトハウスの財務担当者にもたくさんいるし、連邦準備制度理事会の今の理事長も前の理事長も長年の私の仲間だよ。」

 シャイロックは一気に話し始めた。

「これがどういうことか分かるかい。日本で言ったら金融監督庁、財務省日本銀行の全てがこの私の仲間だということになる。つまり財政政策も金融政策も私の手の中にあるのだ。君がもし経済学を知っているのならケインズフリードマンも私の意のままだということだね。世界の経済政策はすべて私のシナリオ通りに動かせるのだ。そんな仲間にいま新しい日本の若者が加わったのだ。もう一度祝杯をあげようではないか」

 堀木はこの演説を聞いて、有頂天になるかとおもいきや、青白い顔をしていた。どうやら自分の父親の特許を巻き込んで何か大事をしでかさないといけないことになる不安に加え、このデーブ・スペクターばりの「怪しい日本語検定」一級のユダヤ人の言っていることがどうやらハッタリではないらしいとうことがその雰囲気から嫌というほど分かったらしい。

 ユキコは・・・。

 今はもうこの流れには逆らえない。そう思った。
 堀木くんだけが頼りだ。
 しかし横目で見た堀木は蒼白な表情でただ頷いている。



「そして我々仲間の黄金のCanon、聖典はただひとつ!」

 シャイロック2.0はまるでアドルフ・ヒトラーのように、数十万の大群衆に語りかけるがごとくに堀木とユキコに語りかけた。

「それは全世界の将来の富の前払いだ」

「これこそが資金調達の極意なのだ。例えば、君の父上の所有している特許とは独占権であり、その権利はもちろん過去の偉業として保有しているだけはなく、当然未来へ渡って行使することができる。その行使するということは能動的行使と受動的行使がある。特許は積極的に行使すれば未来の富を現在に引きずり下ろすことができるのだ。未来の富、そう人工衛星がこれから輝かしい人類の歴史において1000発打ち上げられるとしよう。それにそれぞれ100億円の特許収入が見込めるとする。分かるな、10兆円だ。10兆円の富を生むことを投資家に納得させ、君の新しくなったソーシャルスマッシュという会社がその権利を独占できることをも投資家が納得すれば、彼らは安心して将来の富と同額までの出資を行うだろう。」

富を産め!
借金は将来清算しろ!

そうだ。

悪になれ!
愛を捨てろ!

現在の小さな悪は未来の大いなる善のためにある
現在の裏切りは将来の友愛の証拠金だ

善はいくらでも将来成り行きで市場から買い取れ!
愛は丸ごとTOBで買収しつくせ!

そうだ金で買えないものなどないのだ!!!

「お考えは多分理解できました。では具体的にはどうするのですか」

 堀木はすっかりシャイロック2.0の配下になってしまったかのようだった。



「周辺特許というものを知っているね」

「はい」

 堀木は催眠術にかかったように頷いた。

「君のお父さんの特許は実際にそれを実用化しようとすると、敵対的企業がしかけた周辺部分の膨大な特許をクリアしないといけない。」

「わかります。たとえ完璧な精度の浄水器を作ったとしても、水道を捻る蛇口の仕組みが特許でおさえられていたら浄水器は決して日の目を見ません」

「うむ。その通りだ。わしが見込んだだけのことはある。ここからが重要なところなのだが、実は私の米国での会社の一つにその周辺特許だけを調査、売買する会社があるのだ」

「といいますと・・・」

「地上げだよ」

「は?」

「その土地単体では何の役にも立たない猫の額の土地でも周辺の土地を買い占めてワンセットにすれば、超近代的なハイテクビルも建てられるようになる。この時には土地の富はその土地の合成分の数百倍か数千倍にもなることは分かるな」

「はい。日本でも土地バブルで地上げ屋がやっていたことですね」

「そう。私のその会社は全世界の特許の地上げ屋なのだ」

「それで・・・」

「そう。私は地上げ屋で君のお父さんの土地を売ってもらいに来たわけだよ」

「・・・」

 堀木とユキコはこの瞬間、シャイロック2.0のビジネスモデルとその本当の来日の狙いがやっと分かったのだった。


空と君の間!

埋め尽くせ!
人の信用という錯覚で!
錯覚はいつしか真実そのものの虚偽となる
錯覚は本物以上の真実となるのだ!
現在の移ろいやすい人の真実とかいうまやかしに騙されるのはもうやめろ

愛する人間をこれ以上傷つたままにするんじゃあない!
将来の富と現在の不幸の間を
誇り高き起業家精神をもって君が埋め尽くすのだ!


つづく



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