【ライフハック本の特徴】2シリコンバレー精神親和性その16記憶-自己物語への信頼低下と記録の優越

 自己啓発セミナーが、短期間の合宿などで自己陶酔的な体験を提供しても、いったんその場所を離れてしまえば、加速度的にその多幸症的な記憶の濃度は減衰していきます。

 ネットでも何かの話題で一次的な盛り上がりがあっても翌日にはそのワクワク感は失われている。コミュニケーションはせわしなく続けないとログオフしている間にいつ途切れるかわからない。これは自己啓発セミナーから帰ってきた参加者がその記憶を持続させるためにせわしなく勧誘活動を続行することと似ているように見えます。



 このことを『ウェブ社会の思想』にならって「出来事に対する、記憶-自己物語への信頼低下」と呼んでもいいでしょう。

 ウェブ社会の思想―“遍在する私”をどう生きるか (NHKブックス)/日本放送出版協会
ログ化される人生
 様々な出来事に対する、記憶-自己物語への信頼低下と、記録の優越化という現象は、既に人生の選択に関しても見られるようになっている。たとえば、「適職診断」のようなものがそれにあたるだろう。適職診断とは、ヤングハローワークなどで採用されているシステムであり、そこでは自らの嗜好や性格に関する質問に答えていくことで、「あなたの適職」が判定されるようになっている。むろん、実際にはそれはあくまで、その人が自分の適職を見つけるための(つまり自己の物語を語るための)材料として用いられるのだが、そこには、抗いがたいほどの「事実性」が生じている。つまり、わたしのデータに基づいて、システムが科学的に判断したのだから、これはわたしの判断に優先する「事実」なのであると。
(以上引用)





 ほっておくとすぐに消えてなくなる記憶に頼れないネットでは、一方でだんだんと個人の記録が蓄積されています。

 アマゾンで買い物をした時の「おすすめ」レコメンデーションシステムは、過去の購買履歴の記録から、私たちの好みにあった本を推薦してくれますが、それはやがて本にとどまらなくなるでしょう。



 再び『ウェブ社会の思想』から引用します。

 その究極の形は、ライフログと呼ばれているものだろう。ライフログとは、近年、ウェブの新しい傾向として注日されているもので、自分の行動や考えを、コンピューターに逐一記録し、人生そのものを巨大なアーカイブとして保存しようという仕組みだ。むろん、時間は誰にも平等に24時間しかないので、そのアーカイブをすべて再生することは不可能だ。だがこうしたログは、ときに自らの行動の指針を決定するために、「過去の行動履歴」を検索するという形で利用される。

 言い換えれば、わたしがどのような人間であったかを「記録」として呼び出すことにより、自己の物語化のプロセスを媒介せずに、あらかじめ決定されていたかのように、次の行動指針を導き出すシステムとして、それは用いられるのである。

 こうした動きは、確かにまだコンピューターの中の世界の出来事でしかない。だが、既に述べたとおり、そうやって蓄積された個人情報、すなわち「バーチャルなわたし」は、ユビキタス化の流れの中で、あらゆる空間、あらゆる場面に遍在しつつある。そしてそれは、人生のあらゆる場面で、私たちに「あなたが望んでいたことはこれだ」という宿命を呼びかけることになるのだ。


 この『ウェブ社会の思想』出版されたのが2007年5月ですが、その後この記録の過剰はコンピュータの中の出来事を超え始めているようです。

 例えばこのTポイントカードの例などは完全にジャンルをクロスオーバーし、リアルを飲み込んで私たちの個人情報が飛び交っている世界です。


$『音の風景』 ANNEX
高木浩光@自宅の日記 Tポイントは本当は何をやっているのか


 さて、ここで私たちは一体どんな態度をとれば、「正しく記憶する」ことができるのでしょうか。



 自己啓発セミナーの引きつった笑顔、カラ元気でもなく、すべてを記録されて勝手にレコメンデーションされた自分の好みや、自分の希望や夢とは関係ない職業適正に頷く、無表情で覇気のない微笑でもなく、30年ぶりに会っても素敵な笑顔で高倉健さんのように「よう、元気か」と言うためにどうやって正しく他者を、そして自己を「記憶」したらよいのか。




 抽象的な議論が続きましたが、ここらでライフハックに戻り、その具体的な方法を検討してみたいと思います。

 つづく(〃⌒▽⌒)ゞ