概念整理メモ

 3スマホアプリ、クラウド、ライフログ親和性 その5集合知問題にゆっきーが終止符を打つ!(下)を書くにあたって、その前にこのブログで度々言及している哲学者永井均さんの文章を引用してみます。

 これは(下)執筆のためのメモなんですが、これはこれで残しておきたくなったものです。




 歴史記述を自叙伝にたとえるならば、その叙述方法には、解釈学的、系譜学的、考古学的、という三種類のものが考えられるように思われる。

 解釈学的記述は、現在の自己を成り立たせていると考えられている過去の記述である。だから、それは「思い出」という形をとって現存しているものの記述である。

 系譜学的記述は、現在の自己を成り立たせていると現在信じられてはいないが、実はそうである過去の記述である。だから、それは思い出として現存することを拒否された過去の記述である。

 これらに対して考古学的記述は.現在の自己を成り立たせてもいなければ、そう信じられてもいない過去の記述である。

永井均『<魂>に対する態度』勁草書房



これを、ネット用語(ゆっきー用語含む)で置き換えてみます。


 記憶と記録のダイナミズムをライフログにたとえるならば、その叙述方法には、【内部発ライフログ】(解釈学的)、【外部発ライフログ】(系譜学的)、【集合知】(考古学的)、という三種類のものが考えられるように思われる。


 【内部発ライフログ】的記述(解釈学的記述)は、現在の自己を成り立たせていると考えられている過去の記述である。 だから、それは「思い出」という形をとって現存しているものの記述である。

 【外部発ライフログ】的記述(系譜学的記述)は、現在の自己を成り立たせていると現在信じられてはいないが、実はそうである過去の記述である。だから、それは思い出として現存することを拒否された過去の記述である。例えば、知らないうちに勝手に記録され、蓄積されてはいるが、実はそうである個人情報がこれに相当する。


 これらに対して集合知】的記述(考古学的記述)は.現在の自己を成り立たせてもいなければ、そう信じられてもいない過去の記述である。


 また、先ほどの引用のあとで永井さんはこういう興味深い言い方もしていますが、これもライフログの文脈にアレンジできるでしょう。



系譜学は近代の秘密を暴き、考古学は近代が忘れさせたものを思い出させる。



【外部発ライフログ】は自己の秘密を暴き【集合知】は自己が忘れさせたものを思い出させる。





 これベースにロジック構築中(o^—^)ノ

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