感覚メモ

もう一つメモ

 のんさんというブロ友さん(と勝手に言っちゃっていいのかしら?汗)からいただいたコメントのお返事コメントに書いたもの。

 のんさんのコメントは【内部発ライフログ】は【外部発ライフログ】に対してどういう関係に位置するか、抗う力たり得るのか?というサジェスチョンでした。

 これも今、思考の格闘に使ってる。
 のんさん、その節はありがとうございました(o^—^)ノ

 今読み返して再検討してみると、下記の記述は【内部発ライフログ】ではなく、今回世間で使われている意味とは別の意味を付与したい【集合知】のイメージを語っているような気もする。であれば、下記でいう【内部発ライフログ】は、その意味での【集合知】、考古学的知見を駆動させる契機ということになりそうだ…。多分それが正しいのか…。


以下コメント返し------------------------------------------------------------------------------

 古い日記に若かった頃の自分の純粋な悩みを発見して驚いたり、読みかけだったしおりの挟んだ本を発見して続きを読み始めたり、捨てられなかったラブレターを発見して、でも中身を開けることができなかったり、みんな地中に埋めたタイムカプセルや、硬く瓶に蓋をして海に流した自分への手紙みたいなものだと思います。

♪人ごみ流されて
♪変わってゆく私を
♪あなたは
♪ときどき
♪遠くで
♪叱って

これが私の【内部発ライフログ】のイメージです。
本当は何事も卒業していなかった、あの頃の卒業アルバム。

革の表紙の卒業アルバムを開くことは、外部発ライフログに抗うことにもなりますが、もしかすると古い自分を崩壊させることもあることでしょう。
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