小幡績『ネット株の心理学』MYCOM新書

トヨタ自動車と明治の文豪のつぶやき

$ゆっきーのエッセイブログ

 さて読み進めてみると、この本はやっぱ面白い。

 例がいいと思うのです。数式やグラフではなくて実際の生きた例がすごくイキイキと一冊の散りばめられているのですが、p4にあるトヨタ自動車の例は、前回のコレを真っ向から批判します。

「株式は長期で持たないとダメです。毎日上がったり下がったりと一喜一憂せず、頬っておいて気がついたら上がっているというのがいいですね。チャートの動きを見て投資するなんてナンセンス」

こんな具合に・・・

1 2000年四月に5800円でトヨタ自動車株を買ったとしましょう

2 トヨタ自動車は2000年から2004年まで4年間好業績を続け、4年間の合計で売上は40%増、営業利益は2.4倍にもなった

3 しかし株価は、2003年4月までは下がり続け、3年間で半分以下の2455円にまでなってしまったのです

つまり

トヨタの業績が大幅に伸びると予想し、それに基づいて投資をした個人投資家は、業績予想を的中させたにもかかわらず、5年間にわたって含み損に苦しんだ

まとめるとこうなってしまう

・・・(ーー)

まあ、そういう時もあるさ・・・
しかし株式の王道はあくまでも長期保有であって、トヨタのような優良株はもっと持っていれば必ず上がるから持ち続けるべきである。

こういう声が聞こえてきそうです。

ところでゆっきーいつまで株式なんて似合わない記事書いてんの?

と声が聞こえてくるのですが、頭の中は当然別のことがちらついてます(笑)。

そうです。

森鴎外の『青年』にこんな一節があったじゃないですか。

何の目的の為めに自己を解放するかが問題である。 

作る。製作する。神が万物を製作したように製作する。
これが最初の考えであった。しかしそれが出来ない。(中略)
そんならどうしたら好いか。

生きる。生活する。

答は簡単である。しかしその内容は簡単どころではない。

一体日本人は生きるということを知っているのだろうか。

小学校の門を潜ってからというものは、
一生懸命にこの学校時代を駆け抜けようとする。
その先きには生活があると思うのである。
学校というものを離れて職業にあり附くと、
その職業を為し遂げてしまおうとする。
その先きには生活があると思うのである。
そしてその先には生活はないのである。
現在は過去と未来との間に劃した一線である。
この線の上に生活がなくては、生活はどこにもないのである。
そこで己は何をしている。

                 森鴎外「青年」新潮文庫P67

これをもじってみましょう・・・


何の目的の為めに株式投資するかが問題である。 

配当や株主優待で得をする。会社を応援する。日本経済に貢献する。
これが最初の考えであった。しかしそれが実感出来ない。(中略)
そんならどうしたら好いか。

儲ける。リターンを得る。

答は簡単である。しかしその内容は簡単どころではない。


一体投資家は儲けるということを知っているのだろうか。

優良株を買っってからというものは、
一生懸命に株式の上昇を待ちわびるのである
その先きには値動きがあると思うのである。

小幅な値動きが一段落して踊り場を迎えると、
その踊り場の先にさらに上昇があると思う
その先きにはストップ高があると思うのである。

そしてその先利益確定売りをしない限り永遠にリターンはないのである。

現在は過去と未来との間に劃した一線である。
この線の上にリターンがなくては、リターンはどこにもないのである。
会社四季報の前で己は何をしている。



さて、どうしたもんだろうか(ーー)
どっかでお金にしないと永遠に保有しているだけになってしまいそうだ・・・

その答えはどうやらこの本に書いてあるようなのです。

ではまた読書に戻ります!

しかし思いつきで『青年』で遊んでみたのですが、思いのほかぴったりきてしまったように思うのでありますが・・・

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