岩井克人『会社はこれからどうなるのか』平凡社ライブラリー


会社は最初は、個人の商店であるような場合が多いと思います。

もちろん、最初から大きな資本が準備され、いきなり資本金何十億という会社が大きな会社の関連会社として設立されるというケースもたくさんありますが、ライブドアは少なくとも東大時代に堀江貴文がまだホリエモン呼ばれる前、オン・ザ・エッヂとして小さく誕生しました。

 最高財務責任者宮内亮治氏はもともとこのオン・ザ・エッヂの税理士さんだったわけですが、その税理士さんを雇う前、まだ法人化されていない時のオン・ザ・エッヂは、限りなく堀江氏個人の分身に近い、堀江貴文氏の個人の商店であったわけです。

 当然この時代には、株価を上げろとか、会社の業績を公正ななルールに従って公表せよという要求はありません。

 では、オン・ザ・エッヂ株式を公開したから、いろいろな社会的な義務、さらに株主利益最大化という使命を果たさなければならなくなった(もしくは堀江氏がそれを極端に至上命題とまで思いつめた)のでしょうか。

 どうも、そうはっきりとは言えないようです。


 法人が、もともとは自分の持ち物であったのにそれが持ち物でなくなる、そのこの瞬間は、いつ、どのような形で訪れるのでしょうか。


 こうした根本的な問題を素朴に解き明かそうとすると、ものすごい迷路にはまります。

 その迷路の中を数ヶ月さまよったのですが、この本にいきあたって疑問がことごとく氷解しましたので、その読書体験記をしばらく綴ってみたいと思います。

 株主と会社の資産の関係を考える上で卓抜なたとえ話がありますので,
その引用から行ってみたいと思います。

「株式会社における株主と資産の関係を、個人企業や共同企業における所有者と資産の関係と同一視してしまうと、とんでもないことになってしまうのです。

 仮に、私がスーパーマーケット・チェーンの株主であるとしましょう。お腹をすかして道を歩いていて、たまたま自分が株主であるスーパーマーケットのお店の前を通りかかったとします。そこで、ラーメン屋の店主や八百屋のご夫婦と同じ気持ちで、スーパーマーケットのなかに入り、陳列してあるりんごをとってかじったとします。どうなるでしょうか?」

 岩井克人『会社はこれからどうなるのか』平凡社ライブラリー    P76

 ここで、ラーメン屋とかやおやさんが例に出されているのは、まあ、極端な話お腹が空いたら自分でラーメン作って食べても問題ないだろうし、競馬で大穴狙いすぎて、逆に大きな穴開けて八百屋のレジから自分の財布に損失補填しても・・・いやそれはさすがに見つかったら奥さんにぶっとばされるけど、売れ残った大根を奥さんの目の前でかじってもまあ、だいじょうぶであろー、というまあそんな意味ですね。

結論は・・・皆さんの予想通り!

 

ズバリ!
 $ゆっきーのエッセイブログ

「たとえ正真正銘の株主であったとしても、窃盗罪で牢屋にぶち込まれてしまう可能性があるのです。」 同書同ページ

 なぜなのか、ここでこのシリーズの主題と切り結びます!
「会社の株主は会社資産の所有者ではないのです!」
『会社はこれからどうなるのか』P77
 株式を持っていても会社はその人のものではない。この例だととてもわかり易いです。

 すると、仮に堀江貴文が長じてホリエモンとなり、フジテレビの株式を仮に100%所有したとしても、会社を恣意的にどうこうすることはできないのでしょうか?

常識的にはもちろん我々はイエスの答えを持っています。

ここでは、この本を頼りに理論的にどうしてそうなるのか、もう少し掘り下げみたいと思います。

そうすると、フィクションとしての法人、さらに個人と言うよりは、役割行遂行者としての代表取締役をいただく取締役会からなる株式会社がいかなるものであるのかまたクリアになってきそうです。

 
つづく・・・

広告を非表示にする