ヴェニスの商人の法人論6

閑話休題の閑話休題(ワルノリ小説)


「堀木くん、ベンチャー企業の社長さんになったんだね」

 ユキコは10年以上前の中学校の教室での堀木を思い出しながら言った。

「ああ、ベンチャーいうても資金も何もあらへんし、大嫌いなおやじの工場の事務所の一室借りてるだけだけどな」

 堀木は卑下しながらも、代表取締役の肩抱きの入った名刺を自慢気にユキコに渡した。

「ソーシャルスマッシュ 代表取締役 堀木雄一郎   か。インターネットの会社だね」

「せや。ユキコちゃんのこれは、新聞社系のベンチャービジネスの雑誌だね。」

「うん。ただのライターだよ。その会社の社員じゃなくて契約社員なんだ」

「そっか。じゃあ、俺がビッグになったら取材して記事書いてよな」

「・・・うん。」

 ユキコは曖昧に笑った。

「でもほんと驚いたわあ。堀木くんが急におらんようになってしもてみんな心配してたんよぉ。それにしても急な転校やったな〜。夏休みあけたらもう家庭の事情で学校移らはったって、せんせに聞いた時はほんまびっくりしたわ。」

「ああ。恥の一言なんやけどな、おやじが債務保証した会社が倒産して夜逃げしてしもてん。そんで連帯保証人のおやじのとこ、まあ、つまり自宅兼会社のうちんとこに強面の借金とりのおっさんらが毎日押しかけてきよってな、俺もふくめて子供たちの身の安全が心配という段階になってしもうて、親戚の家頼って疎開しとったってわけや」

「そっか。辛いことたくさんあったんだよね」

「ああ、まあな。どや、おれやっぱ変わったか?」



 ユキコは何か言おうとしてその言葉を飲み込んだ。



「いや、ううん。全然変わってへんよ。」

「ほんまか、そらうれしいわ。ユキコちゃんだって全然変わってへんで」

 堀木は少し嘘をついていた。

 大人の女性となっていたユキコに内心たじろいでいたのだった。

「ほんまにぃ?こんな仕事してるし、ずいぶんがさつになったんちゃうかなあなんて気にしててんで、ひそかに」

「うん、まあ、がさつなとこはかえってかわってへん、というか」

「ああ!言ったな〜」

 ユキコは堀木をこぶしで叩く真似をした。



「もしオレが変わったとすれば人生観かな」

 堀木が大げさにユキコのパンチを避けるまねをしながら言った。

「どんな風に?」

「カネさ!」


「お取り込み中わるいんやけど」

「へ?シャイロック2.0さん、大阪弁しゃべらはるんですか」

 堀木とユキコが同時にシャイロック2.0を見て口をぽかんと開けた。


「あ!いや、見よう見まねでいま覚えただけですよ。コホン。ところで、君のお父さんがご友人の災難から会社を一時休業状態にしてその時に完成させたあの特許はスゴイですねー」

 シャイロック2.0は急にデーブ・スペクターのような流暢にわざとらしい日本語を使い始めた。



「特許のことまで調べてるんですか」

「ええ。あの特許なんですが、お父さんの会社から君の会社に譲渡してもらったらどうかね」

「何を言うんですか?あれは機械部品の金型を作るときの特許で、確かにあの技術は人工衛星を打ち上げるときにも使えるとかで、特許自体はすごい価値があるらしいですけど、インターネットビジネスには何の関係もないし、それにオヤジが商売がヘタだから宝の持ち腐れで今なんの金も生んでないんですよ」

「そうらしいね。世界的な特許にもかかわらず町工場に眠っている特許。錬金術のカネの匂いがプンプンするねえ」

シャイロック2.0さん、なにかよくないこと企んでませんか」

 ユキコが横から口を挟んだ。

「おや、幼なじみの元彼女はいつからコンサルタント契約をしたのですか」

「コンサルタント契約なんてしてません、それに、彼女だなんてそんな事実は一度もありません!」

 堀木は完全否定されてがっかりしたが、直ちに気を取りなおして代表取締役の威厳を持ってこう訊ねた。

「詳しくお話を聞きましょうか。シャイロック2.0さん」

「ええ。ではここではなんですから私のオフィスに」

「はい」

「元カノのコンサルタントさんも良かったらぜひ」

「元カノじゃない!」



 ユキコはそう言いながらも行く気まんまんで大きく頷いたのだった。