ヴェニスの商人の法人論5
「なあ、君、君のそのプランは他社がやらないうちに早くやるべきだよ。君のような才能は株式公開で早く世にでないと社会的損失とさえ言えると私は考えるね」
シャイロック2.0は言葉巧みに青年を誘惑します。
青年は実は心の奥底では、自分のこのプランは単なる思いつきに過ぎないありふれたアイディアであることは知っていたのです。
自分が世に出たいと思っている本当の理由も、自分の才能を開花させて世の中に何がしかの貢献をしたいという真の企業家精神なのではなく、物心ついたときにはいつも資金繰りに追われていて、落ち着きのない雰囲気がいつも漂う、酒を飲むと説教を始めるあのオヤジが仕切っている生家の町工場から一刻も早く名実ともに逃れたいという一心だったのです。
そしてそのことを、自分自身でも普段は意識しないように心の奥にフタをしておいたのでした。
だから、このシャイロック2.0なるベンチャーキャピタリストが自分のことをそこまで評価するのはどこかおかしい、とは理性が度々告げていたのですが、人生のこの時期の青年によくあるように、青年はそれは自分の単なる自信のなさだと自分自身を都合よく言いくるめていたのでした。
「しかしシャイロック2.0さん。この事業を行うには少なくともスタートアップ時に5億円の資金が必要です。そんなお金は僕には・・・」
「もちろん、社会的な地位も何も無い君がいきなりそんなお金を用意できるとは思っていないよ。君のお父さんの所有する工場の担保価値もたかが知れてるしな。君の下には手のかかる育ち盛りの男の子が4人もいるし。まあ貧乏人の子沢山の町工場の親父に5億は無理だろ」
「え?うちの家族構成や父親の会社のことを調べたんですか?」
青年はシャイロック2.0に驚いて叫んだのでした。
「まあ、ね・・・。私の息のかかった者が場末の町工場の取引情報を銀行から引き出すことなど、たかだか半日もあればゴニョゴニョ・・・」
青年の耳に、自分がなんだか大きなとてつもない歯車のなかに巻き込まれていく音が少しだけ聞こえました。
「まあただでという訳にはいかないさ。俺は君の共同出資者となって、あんたが調達したい資金を一文の利子も付けずに用立てして見せよう」
ついにキターーーーー!巨額の資金、もしかすると一生拝めないかもしれない資金が自分の口座に振り込まれるかもしれないのだ!!!
「ぼくはどうすればいいんですか?」
「うむ・・・」
ここで本家本元シェイクスピアのヴェニスの商人を引用してみましょう。
- シェイクスピア「ヴェニスの商人」 より
- これから公証人のところへ行って、証文を書いてくれればいい。それにはこれは単なる冗談だが、証文に記された通りの日時と場所で指定の金額を返済できぬ時には、その違約金の代わりとしてあんたの肉をきっかり一ポンド、おれの好きなところから切り取って良いということにしていただきたい。
- ゆっきー版「ヴェニスの商人の法人論」
- 明日にでも投資銀行のところへ行って、新株予約権付き転換社債を発行することにしてくれればいい。それには念のためだが、契約書に記された通りの日時に株式が上場できそうもないと分かった場合には、その違約金の代わりとしてあんたの会社の資産をきっかり5億円分と、さらに手数料として2億円分、自分の会社の好きなところから切り取って良いという修正条項をオプションとして加えていただきたい。
そして現代ではこうなるでしょう。
「お安いご用です!じゃあ、ぼくは5億円のキャッシュを自由に使えるんだ!!!」
「ふふふ。まあ、いちおうはそういうことになるな」
「やったーーーー!」
(ーー)
そこに、ふたたび突撃取材で特ダネをモノにしようとしてと会場の隅から密談場所までやってきて、密かにこのやりとりを立ち聞きしていた業界記者ゆっきーが驚きの声を挙げたのです。
「あ!あなたもしかして堀木くん!?」
「え?」
「ほら、中学校で一緒だった・・・」
「あ!ユキコちゃん・・・?!」
「ほう。君はあの時成田空港でわしに話しかけた業界記者だな。二人は知り合いなのか・・・」
シャイロック2.0は不気味にふふふと機嫌よく笑ったのでありました。
「かわってないね。卒業写真のまんまだ」
堀木はシャイロック2.0の新しい悪巧みを思いついたかような不気味な笑い声も耳に入らず、ユキコを見て懐かしそうに微笑むのでありました。
つづく・・・